当たり前の毎日について

ある日突然当たり前にあったことがなくなったら、当たり前にできていたことができなくなったら、あなたはどうしますか。

ふつうの毎日がどんなにありがたいか、そのときに強く思うでしょう。

私は胃の病気をして体重が落ち、ふだんの生活が送れなくなりました。それまで10年勤めてきた会社の業務もままならなくなり、休職をよぎなくされました。

自分なりに病気とうまく付き合いながら生活したいと工夫をしていたのですが、どうにも体がついてこず、とてもくやしい気持ちで過ごしていました。

休職の期間をいただけたことはとてもありがたく、体力を回復させるきっかけになりました。

いそがしく過ごしていた毎日の中でいっぱいいっぱいだった自分が、休職期間に見出したこと、それはやはり周りの人に支えられて生きているという実感です。

体重減少がひどかったため、ほとんど家でも動くことができずにいた自分に家族はつきっきりでいてくれました。

それが体にも心にもどんなに元気をくれたことか。

今思い出してもありがたいです。

現在は皆の協力のおかげでだいぶ元気になってきました。

体重も増え、自分で動くこともできるようになり、当たり前に「できる」ことがなんてありがたいことかをより感じるようになりました。

まだ完全ではありませんが、すこしずつ自分にできることでまわりに感謝を返していきたいと思っています。

なにもできない自分に対して、一時期は本当に情けなく、不甲斐なくマイナスの考えのかたまりでした。

なんでこんなこともできないのだろう、きっとできるはずなのに、こんなはずではないのに、そんな考えで頭の中が支配されていたことを思い出します。

自分ひとりのちからでマイナスの連鎖から抜け出すことは容易ではありません。

私自身とても辛かったと記憶しています。

私が学んだことは人はひとりでは生きていけないということ、よりよい毎日にはまわりとの関わりが必要だということです。

心もからだも健康であればなんでもない毎日はなんでもない一日として、ただ過ぎていくだけかもしれません。

ただ、生きていくことにすらがんばらなければならなくなったとき、人との関わりのありがたさをより強く感じるのでしょう。

頼りすぎるということではなく、あくまでがんばれるきっかけをくれる存在ということです。

病気をしてみてあらためて家族、友人、配偶者の心強さを感じました。

元気になってきた今、すこしずつですがお返しをしていけたらと考えています。

まわりは、まずは元気になってくれることだけで嬉しいからと言ってくれます。

そんな家族や友人に恵まれたことへもとても感謝していますが、一日も早くもとの自分に戻れるよう、より感謝を伝えていけるよう努力していきたいと思っています。

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